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他者という名のエッセンス

by ひらけん

記憶の引き出しを開けるのは、自分ではなく他者との会話によるものが大きいとしたら、それはそれで納得がいく。

自分の考えは他人との会話の中で洗練されていき、また自分の記憶を紐解くことができる。

先日、知り合いに自分の想いを文章にしてもらった際に、いくつか質問をした。

すると、そこには書かれていなかった想いが出てくる出てくる。

「実はもっとこう考えている」といった、あえて書かれていなかった想い。
「考え直してみると違った」といった、深掘りした後の想い。
「そういえばこういうことも考えていた」といった、自分では思い出せなかった記憶。

こういった、ひとつひとつの想いを汲み取れるのが、他者との会話ではないだろうか。

思考は自分自身との対話

思考は自分自身との対話とも言える。

自問自答という言葉があるように、自分への問いかけに自分自身で答えているのだ。

しかし、その自問自答以上に、会話による思考、記憶の引き出しは、自分が思っている以上の力を発揮するであろう。

インタビューがなくならないのはそのためではないだろうか。

個人の想いをその人自身が発信するだけであれば、ブログで事足りる。

FBなどのSNSで発信し続ければいいだけの話だ。

しかしインタビューは、普段とは違った一面を写し出すことができる。

・自分の中では当たり前になっていること
・会話の中で生まれた新たな視点
・質問されることで引き出された記憶

これらを引き出すのがインタビューの醍醐味であろう。

他者という名のエッセンス

こうやって私が自身のブログで書き綴っていることは、自分が知る範囲に過ぎない。

ここに、他者というエッセンスが加わると、どうなるのであろうか。

自分でも想像できない新たな視点や、自分の中に眠っている記憶、それらが全て吐き出されたとき、私やあなたはどうなってしまうのか。

それは、自分では考えもつかなかった想いに気付ける一方で、思い出したくない記憶の引き出しを開けるのかもしれない。

しかし、それを恐れていては何も始まらない。

まずは対話をすることが大事なのである。

思考停止になってはいけない。

自分自身と向き合い、他者と向き合い、自分の考えや記憶に正直になることが大切だ。

結局のところ、この文章で何が言いたかったのかは正直自分でも分からない。

ただ、ひとつ言えるのは、他者との会話というものは、自分の中に眠る何か大事な物を引き出すための「鍵」なのである。

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